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たとえばこんなエコタウン(第十三夜)

06 30, 2011
リンクしている和寒様から、持ちかけたお話答えを頂きました。

和寒様のご意見は、宮城岩手青森の太平洋沿岸、国道45号線の沿線に、今後、あえて、鉄道が必要なのか、という所から考えてみたい、とのことかと理解しました。
確かに、ワタシも三陸鉄道が完成する前、1981年ごろ、この地域を辿った事があるので、そのころの思い出も含めて、吟味してみたいと思います。かつて、こちらのサイト以下のような文章を2002年頃書いた事がありました。一部を再掲します。

<以下再掲>

田野畑村の思いで

 私は今から20年前、三陸鉄道が出来る前、釜石から尻内まで三陸海岸を旅したことがあります。確かに別スレッドの和寒さんの投稿の通り、今とそんなに列車ダイヤは変わっていませんでしたが、それを乗り継いで、龍泉洞や浄土ヶ浜、北山崎を巡ったのです。そこで見た印象深いシーンを。
 田野畑村は、日本でも有数の面積の広い村なのですが、三陸鉄道が出来る前、岩泉~小本~田野畑~普代~久慈と国鉄バスが走っていたのです。これは、もちろん建設が計画された路線に沿ったものですが、この路線は村の重要な交通路だったのです。北山崎付近の集落など、中学校から遠い子どもたちは中学生になると、村の中心の唯一の中学校の寮で生活しながら登校するのです。私たちの乗った週末の久慈行きのバスではそんな中学生たちが集落ごとに降りていく光景が目に残っています。そして、停留所には郵便を扱っている国鉄バスから小包を受け取りに来た簡易郵便局の人や中学生を迎えに来た家の人がいたりしたのも印象深かったものです。
 このバスは国鉄バスですから、「東北周遊券」で乗れましたし、鉄道と通し運賃で切符が売られていたはずです。確か小本ターミナルには「みどりの窓口」もあったはずです。

 人口密度の低い地域では、公共セクターが力を合わせて、過疎と闘わなければ、経済の論理で人々の居住権が奪われる事になります。これは何度も言ってますね。


<再掲おわり>

もともと、郵便バスで事足りていた、人口密度の低いこの地域に鉄道を引くということにどれだけの意味があったかという根本的な疑問はワタシも消えません。とはいえ、何十年も必要とされて来た鉄道が通じたということは、地域にとって、大きな意味があったはずなのですが、完成後25年、住民に取って、必要の無いものになってしまっていたという現実は大きいのかもしれません。
その上で、再建をする事は、お金も掛かる事ですし、地域の人たちによおく聞いてからのほうがいいのかもしれませんね。どんなかたちの鉃道路線で再建するか、もしくはしないのか。

せいぜいワタシのようなオタクが想像できるのは、復興のために人を集めたり、産業や観光開発を進めてとにかく生き残った人たちにお金を落とす仕組みを作るための道具としての三陸鉄道と割り切って、簡易な路線でも復活させるという物語から始めるしかないのかなと考えている。たとえ被害を受けたとしても、この沿線は「風光明媚」である事には変わりないのだから。

ありきたりな方法でいいから、鉄道を核としての地域おこし、いや地域開発のスタンダードを試す価値はあるような気がします。

ハロ/ハワユ 歌ってみた【鹿乃】

 ボカロイド ありきたりだが ハロハワユ



今夜の魔窟の放射線量簡易測定 0.05μSv/h アップ時の値です。







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